『言語にとって美とはなにか』を読む⑤

ここ数ヶ月読み進めていた『言語にとって美とはなにか』を、ある程度自分なりにまとめてみます。

底本は角川ソフィア文庫版の『定本 言語にとって美とはなにか』(Ⅰ)です。

 

 

これまでの記事

『言語にとって美とはなにか』を読む① - ボツの宮殿

『言語にとって美とはなにか』を読む② - ボツの宮殿

『言語にとって美とはなにか』を読む③ - ボツの宮殿

『言語にとって美とはなにか』を読む④ - ボツの宮殿

これまでの議論

これまで読み進めてきたところでは、吉本は言語学分野の研究を引き合いに出しながら、指示表出性及び自己表出性を言語の本質とみる持論を展開してきていた。

これら二つの本質を視座として、言語の総体を概観することができる。これは性質の異なるスコープと考えてもいい。

指示表出性というスコープで照準を合わせると言語の意味を捉えることができ、自己表出性というスコープで照準を合わせると言語の価値を捉えることができる。

二つは同じ言語の中にあり、それぞれが相補的に影響しあってひとつの言語を形作る。

ここまでが、この論考の前提の前提といえる。この視座を元に、論考は言語学から離れ、独自性を増していく。

 

文字について

文字とは、言語を書き留めたものだ。言い換えれば、言語の像といえる。

文字の発生の仕方について、言語学の分野からも議論はあるが、吉本はこれを自己表出性の観点から考える。

自己表出性は現実の像を形作るものだ。この性質が成立するには、言語を扱う人間側も、抽象的概念を扱えるほどに言語に習熟する必要がある。

このように書くとややこしいが、要するに耳で聞いた音声としての言語を、日本語であればまず決められた五十音に当てはめることが、書き言葉には必須だ、というくらいの意味だ。習熟とは、現実を概念として抽出する能力を得ることである。

 

文字は言語に通じている。したがって文字にも、言語の指示表出性と自己表出性が表れてくる。

論考の例のままになるが、例えば<こいびと>という書き言葉があるとする。

漢字に当てはめなくとも、これが日本語でいう恋人であることは容易にわかる。

恋ではなく故意とか鯉とかも、可能性としてはありうるが、真っ先に頭の中で像を結ぶのは「恋人」で間違いないだろう。

だから人は、「こいびと」と書かれれば、まず「恋人」を表していると思う。特段の事情がなければ、ひらがなで書かれていたとしても、引っかかりを覚えないはずだ。

これは言語の指示表出性が強く前面に出ているからだと言っていい。

 

次に<りせい>という書き言葉を考える。

りせいと読む言葉は、ひとまず「理性」が思い浮かぶだろう。

しかし、この思い浮かぶプロセスは、「こいびと」の場合のようにスムーズにはいかない。

<りせい>という文字を目にしたとき、人はまず頭の中で『理性』という表意(ものごとをよく考えるタチ)を思い浮かべた上で、「理性」という文字を<りせい>という音に当てはめている。

例えば、ひらがなで「彼にはりせいがある」と書かれていたとする。<りせい>と読む言葉でここに当てはまるのは「理性」くらいなので、<りせい>を「理性」に変換することはできるだろう。しかし、なぜひらがなで書く必要があるのかという疑問は抱くはずだ。

これをもし「彼はものごとをよくかんがえるタチだ」と書かれていたら、違和感は軽減される。指示表出性が強くなるからだ。

反対に言えば、「理性」という言葉は、漢字に置き換えるというプロセスを踏まえるがために、抽象的な像と結びつける必要があり、自己表出性が強いと言える。

 

言語にとって美とはなにか

「言語と像を結びつける」→「文字と像を結びつける」という二段階のプロセスは、実はどのような文字にも起こり得る。なぜなら、どのような文字にも指示表出性と自己表出性という二つの本質を備えているからだ。

書かれている文字、その言語の備えている意味以外の像を、文字は与えうる。

吉本はこの像について、「意識の指示表出と自己表出とのふしぎな縫目に、その根拠をもとめるほかはない」と表現している。(p114)

この点に至り、論考は言語学と決別する。書かれている文字以外のことを議論するのは、言語学の範疇を超え、芸術の分野に半歩足を踏み込むことになる。

 

長く記事を書いてきた、ように見えるが、実はまだ入り口の門にようやく手が触れたところにすぎない。

言語の美の問題はここから始まる。

書かれている文字が備えている像こそが、美の源泉なのである。


参考文献

≪書籍≫

『定本 言語にとって美とはなにか』 角川ソフィア文庫

 

おわりに

記事ひとつ1000~2000字程度でのんびり進めていこうと思います。

 

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